俐楽帖

或るファンの雑感

想像を超えた先あるいは向こう側

観客としてスポーツを見る人と、選手としてスポーツをする人とでは、スポーツに懸ける量も質も桁違い。

観客達が思いつくことは選手達も思いつくし、リターンとリスクを秤にかけて戦略に組み込むかは模索済みである。

 

その大前提を忘れている観客に、選手に対して「もっともっと」と要求するだけして「その意」に沿わないと非難する観客が多いと感じる。

どんなに規格外・人外と言われる選手にも、用意される時間は1日=24時間。どんなに予定を詰め込んで修練しようと、本人が心に限界を設定しなくても、時間の制約が自然とリミッターになる。更にオーバーワークすれば怪我の危険性がより高まるため、自身の体調を見極めつつ計画を実施し続ける。これがどれだけ大変か。

また、 戦い方に己の流儀を持っているとその両立もしなければならない。そうなると「何を達成したいか」の優先順位をつけて臨み、順繰りにクリアしていくのが、結局のところ最も短いルートで己の理想に近づけるのではないかと考える。